年齢とともに伸びる能力

〜新聞の記事より〜

年を取ると若い頃のように無理が利かなくなってきます。

特に記憶力の低下は著しく年を実感せざるをえず、体力・知力

共に衰えていくと人間としての誇りや自信も失いそうになります。

しかし、逆に年齢を重ねる事で伸びていく才能があるのを

ご存知ですか。

昔々、どの村落(部族)に長老と呼ばれる人がいました(実際に見て

きたわけではないけれど)。洋の東西を問わず、経験が豊富で、

判断力や統率力に優れた人は、いくら年を取っていてもリーダー

として尊敬され一目置かれる存在であったようです。

体力や頭の回転だけなら若者にかなわないでしょうが尊敬を集め

続けるのは特別な能力を備えているからであって、その人の

過去の業績に対する経緯だけではなさそうです。

いくら計算が出来てもいくら記憶力が良くいくらお金を稼ぐのが

うまくても、それだけでは尊敬されないのが人間の面白い

ところです。

計算は得意でなくても、物忘れはちょいちょいしても肝心な時に

的確な判断が下せる能力こそが、村や部族の安全・維持の為には

最も必要とされるでしょう。

大所高所からの見方は計算とか記憶とかいう個々の能力ではなく、

さまざまな情報を的確に吟味選別し、過去の経験と照らし合わせ、

今後の展開を予測した上で行動を決定すると言う極めて高度な

能力なのです。これを「結晶性知能」と呼んで、計算や記憶

などの知能(流動性知能)と区別しています。

そしてこれこそ、年とともに伸びていく魔法の能力なのです。

医師も50歳くらいまでは、勉強すればそれなりに知識が増えて

成長していきますが、年と共にそのスピードは鈍ってきます。

しかしその代わりに、ここは危ないぞとか、ここは無理しない

方がいいなとか、患者さんにとって一番の幸せは何だろうかと

考える事がうまくなります。それまでの医学の知識に自分の

人生の年輪を重ね、多面的に考える事が出来るということ

でしょうか。ある程度年を重ねた医師が安心と言われるのは

その辺に理由があるかもしれません。流動性知能と結晶性知能

の程よいバランスが大切というわけですね。

ですから、私たちはみんな50歳を過ぎたら結晶性知能を育てる

よう努力しなければなりません。・・・・・・・・

西日本新聞 町医者便り 著者 永尾 哲彦氏 より



私は、初めて”結晶性知能”とか”流動性知能”

という言葉を知りました。

結晶性知能の結晶とは、豊富な体験による凝縮

された知恵の結晶という意味なのでしょうか?

しかし、その結晶が出来る為には、体験した事

から教訓を学ぶ感性が必要に思います。

心のあり方で結晶の大きさが異なるのでは?

その結晶の大小が、人間性の大小に比例する

ように思いますね。

俗に『年の功』とよく言われますが、それから

抽出された能力が”結晶性知能”なのでしょうか。

しかし嬉しいですね♪ 

年齢を経なければ得られない能力があるなんて!

納豆のねぎ焼きで〜す♪上に乗っているのは、とろけるチーズと乾燥海老です。
月2回くらい作ってるかな?♪ はまってま〜す!!